なんてことはない。下山の思想とは、著者の人生論なのだ。彼が今になってようやく感じ取ることができるようになった、人生という登山の全貌。そして、機して日本経済のありように絡ませている。
ほんの30年足らず生きた程度に過ぎない私が考える「復興のカタチは成熟したこれまでとは異なるカタチ」論と、著者のそれとは言葉こそ似てるが、肩の力の抜き具合というか、柔らかさの中の重さみたいなものが私にはまったく足りていないのだ。
最近、●●の仕事術という類の本が大量に出回っている。いずれの本も、自分や誰かの経験談や成功体験を抽象化し、ノウハウにまで高めた、読んで役に立つ本だと思う。そういう意味では、この本は役には立たないだろう。しかし、良い本というのはこのような本なんじゃないかと私は思う。私の感性に過ぎないので、単なる感想の域を出ないのですが、生きてるうちにこんな本を出版できるなんて幸せなことのように思う。
「自炊」について他のブログで書いた。
“自炊”代行業者の違法性を考える(1) 私と“自炊”
自炊はコンテンツである情報自体に価値を置いたがため、裁断した。でもこの本を裁断することは私にはできない。たぶん、本として所有することの価値を感じたからです。というか、コンテンツである情報にはそれほど意味がないのだと思う。調査用に自炊する必要はない。
それで良いんじゃないか。本はやはり読む人が読みたいように読めるような存在で良いと思う。自炊したければすればいいし、面倒なら業者に任せることができたっていい。この本に私が感じたように、自炊できない魅力がある本もあるんだから。
人生に閉塞感を感じてしまった人にお勧めです。











